秩父で養蚕を開始しました ― シルク一元化に向けた実証がスタート

2026年9月、埼玉県秩父地域で養蚕を開始しました。
今回の養蚕は、株式会社ISILKが進めている「シルク一元化構想」の実現に向けた取り組みのひとつです。
これまで私たちは、養蚕、製糸、撚糸、精練、加工、染色、製品化まで、シルクに関わるさまざまな現場を訪ね、一つひとつの工程について学びながら準備を進めてきました。
そして今回、シルクの最も川上にある「養蚕」に、自分たち自身で取り組み始めました。とはいえ、今回が初めて養蚕の現場に触れるわけではありません。
春蚕では、配蚕から繭の出荷までを経験
今年の春蚕では、秩父町長瀞で現在も養蚕を続けている瀬能さんのもとで、最初に蚕が届く「配蚕」のタイミングから見学させていただきました。その後、蚕が成長して繭をつくる段階に入る「上蔟」のタイミングで声をかけていただき、実際の作業もお手伝いしました。
そして蚕が繭になるところまでを見届け、最後はJAへの繭の出荷にも立ち会わせていただきました。配蚕から始まり、蚕が桑を食べて成長し、繭をつくり、その繭が出荷されていく。
春蚕では、一連の流れを現場で見ることができました。ただ、そのときはあくまで「見せていただく側」「教えていただく側」です。そこで今回はもう一歩踏み込み、自分たち自身で蚕を育てるところから経験してみることにしました。

まずは0.25箱、約5,000頭から
今回育てているのは「0.25箱」です。養蚕では蚕の数量を「箱」という単位で表すことがあり、1箱がおよそ2万頭。今回の0.25箱は、約5,000頭になります。将来的に私たちが目指している規模からすれば、本当に小さなスタートです。
それでも、約5,000頭の蚕を実際に目の前にすると、決して少ない数には感じません。順調に育てることができれば、10kg前後の繭になると考えています。ただ、今回の目的はたくさんの繭をつくることではありません。
どれくらいの桑が必要なのか。一日にどれくらいの作業が発生するのか。温度や湿度をどう管理するのか。どうすれば蚕の成長をできるだけ均一にできるのか。どこに人手がかかり、どんな設備が必要になるのか。
これらを自分たち自身で経験し、理解することが今回の大きな目的です。
なぜ、ここまでシルクにこだわるのか
私がここまでシルクにこだわるようになった背景には、故郷である秩父への思いがあります。私はファッションの仕事をする中で海外に住み、海外から日本を見る経験をしました。
日本を離れたからこそ、改めて日本の文化や歴史の奥深さに気づき、それまで以上に誇りを持つようになりました。そして日本を見直したとき、同時に自分が生まれ育った秩父という場所についても、改めて考えるようになりました。
秩父には秩父夜祭という、長く受け継がれてきた祭りの文化があります。そしてファッションの仕事をしてきた自分にとって、特に興味深かったのが「繊維」でした。
秩父銘仙をはじめ、秩父はかつて織物が盛んな地域でした。さらにその川上を辿れば、原料となる繭をつくる養蚕まで、この地域では当たり前のように行われていました。
考えてみれば、子どもの頃の自分にとって、それは特別な風景ではありませんでした。桑畑の畦道を歩きながら学校へ行く。近所には養蚕をしている家がいくつもある。
秩父鉄道の線路沿いでは、どこからか機織りの音が聞こえてくる。当時は、それが何を意味しているのか深く考えたこともありませんでした。それが秩父の日常だったからです。
しかし今、その風景の多くはなくなりました。昔の風景をそのまま取り戻すことはできません。そして私は、昔と同じことをそのまま復活させればいいとも考えていません。大切なのは、受け継がれてきた歴史や伝統を、今の時代に合わせて進化させることだと思っています。
衰退している産業だからこそ、新しいものづくりが必要です。現在の技術やデータ、新しい設備、デザイン、働き方、販売方法などを組み合わせ、次の時代にも続く産業へ変えていく。その中でも、自分にとってシルクは特別な存在です。

実際に育ててみて、初めて分かること
今回の養蚕を始めて、まだ数日です。ですから、養蚕について語れるほどの経験は当然ありません。むしろ実際に始めてみて、「これは経験値が必要な仕事だ」ということを改めて感じています。
特に重要だと感じているのが、温度管理と、蚕をできるだけ均一に育てることです。
同じ時期に育て始めた蚕であっても、すべてがまったく同じように成長するわけではありません。
飼育場所の環境や桑の与え方によっても状態は変わります。本で読んで理解することと、自分の目の前に約5,000頭の蚕がいる状態で判断することは、まったく違います。
毎回同じではない。それが養蚕の難しさ
瀬能さんと一緒に養蚕をしていて、特に勉強になるのが「毎回同じではない」ということです。長年の経験はもちろん重要です。しかし、経験があるから毎回同じ方法を繰り返せばいいわけではありません。
その年、その季節、その日の天候、桑の状態、そして蚕の状態を見ながら判断していく必要があります。桑の与え方ひとつをとっても、どれくらい与えるのか、どう広げるのか、どのタイミングで次の桑を与えるのかによって変わってきます。
さらに雨が多ければ、桑を採るタイミングも変わります。基本を理解したうえで、目の前の状況に合わせて判断する。そこに、長年積み重ねてきた経験の価値があるのだと感じています。

経験を記録し、次につなげる
だからこそ今回、私たちは「記録」も重要なテーマにしています。温度や湿度などの飼育環境、給桑の時間、蚕の状態、その日に行った作業などを継続して記録しています。
さらに、瀬能さんとの現場での会話も録音し、文字として残しています。これまで経験や感覚として人から人へ伝えられてきたものを、すべて数値化することはできません。
しかし、「なぜ今日はこうしたのか」「前回と何が違ったのか」という判断まで記録していけば、将来、新しく養蚕に携わる人にとって大きな財産になるはずです。
伝統を残すということは、昔の方法をそのまま保存することだけではありません。技術を次の世代が使える形に変えていくことも、伝統をつなぐ方法のひとつだと考えています。
まずは、これまでのシルクの道を辿る
私たちが最終的に目指しているのは、養蚕から製品化までの工程をつなぎ、シルクのサプライチェーンを再構築することです。そのためには、将来的な「一元化」が必要だと考えています。
しかし、いきなり新しい仕組みをつくればいいとは思っていません。まず必要なのは、これまで秩父のシルクがどのような人たちの手を通り、どのようなルートを辿ってきたのかを、自分たち自身がきちんと経験し、理解することです。今回の養蚕でも、地域の養蚕部会に入れていただきました。
そして育てた繭は、自分たちだけで特別に使用するのではなく、地域の養蚕農家の方々と同じようにJAを通して出荷します。その先にあるのが「製糸」です。秩父で生産された繭は、昔から長野県岡谷市の松澤製糸へ納められてきました。今回もそのルートを辿ります。そして弊社は、繭が納められた製糸場から改めて生糸を購入し、その糸を次の撚糸、精練、加工、染色、そして製品化へとつないでいきます。
自分たちで育てた繭なのだから、そのまま自分たちで使った方が早い。そう考えることもできます。しかし、今の私たちにとって重要なのは、近道をすることではありません。
養蚕農家がいて、養蚕部会があり、JAがあり、製糸場がある。その先には撚糸、精練、加工、染色など、それぞれの工程を担ってきた人たちがいます。シルクがどのような仕組みの中でつくられてきたのか。まずはその道を自分たち自身で辿る。地域でものづくりをしていく以上、それをきちんと理解することも、私たちの役割のひとつだと感じています。

そして、その先に「シルク一元化」がある
一方で、これまでの仕組みをそのまま維持するだけでは、日本のシルク産業を次の世代につなぐことは難しいとも感じています。
各工程を担う人が減り、設備がなくなり、技術が失われていけば、どこか一つの工程がなくなっただけでもサプライチェーン全体が成立しなくなる可能性があります。
だからこそ、まず現在の流れをきちんと学び、そのうえでサプライチェーンそのものを再構築していく必要があります。養蚕、製糸、撚糸、精練、加工、染色、製品化。残すべき技術は残す。学ぶべきことは学ぶ。
そして足りなくなっている工程は新たにつくる。必要であれば、現在地域の外にある工程についても、少しずつ地域の中へ戻していく。そうやって原料から製品までをつなげていくことが、私たちが目指している「シルク一元化」です。
一元化そのものが目的なのではありません。目的は、シルクをもう一度、持続可能な産業として次の世代につなぐことです。
秩父に、シルクが今も生きている「根拠」をつくる
秩父には豊かな自然があります。しかし、自然があるだけでは地域の産業にはなりません。その土地にある資源を、どう価値のあるものへ変えていくのか。
そこまで考えることが、これからの地域づくりには必要だと思っています。「秩父は昔、養蚕や織物が盛んでした」歴史としてそう説明するだけではなく、今もここで桑を育て、蚕を育て、繭をつくり、そこから糸が生まれ、製品がつくられている。その事実そのものを残したい。
歴史や伝統を下支えする「根拠」が存在する地域にしていきたいと考えています。その先には、シルクだけで完結するのではなく、教育や観光、スポーツなど、さまざまな分野と組み合わせる可能性もあると思っています。シルクを学べる。シルクづくりを体験できる。シルクを目的に人が秩父を訪れる。
そして、いつかは「シルクホテル」のような場所まで実現できたら面白い。シルクという地域資源を中心に、人、もの、仕事、教育、観光がつながっていく。そこまで発展させることができれば、シルクは単なる伝統産業ではなく、これからの秩父のまちづくりにもつながっていくのではないかと考えています。

まずは、5,000頭から
10年かけて、シルク一元化に必要なパーツは揃いました。でも、大きな構想を実現するために今やることは、とてもシンプルです。目の前にいる約5,000頭の蚕を、まずはしっかり育てること。
桑を与え、温度や湿度を見て、毎日の変化を記録する。そして繭になったらJAを通して出荷する。製糸場で糸になったものを購入し、撚糸、精練、加工、染色へつなぎ、最後は製品にする。
今回育てている約5,000頭の蚕が、どれくらいの繭になり、どれくらいの糸になり、最終的にどんな製品になるのか。そのすべてを、自分たちで追いかけます。
2016年から10年。色々なことをやり、失敗もし、右往左往しながら、ようやく辿り着いた「シルク一元化」。すべてのパーツは揃いました。ここからは、それを実際に動かし、継続できる産業にしていく。昔の風景を取り戻すのではなく、秩父に次のシルクの風景をつくる。ここからが、本当のスタートです。